2016年05月09日

心を癒す言葉の花束 第三章〜愛〜

〜ありのままの自分を好きになる〜
真剣に自分の人生に向き合う人の心のサポーター
 〜ポラリス(光)への道しるべ〜 マヤ暦ソウルナビゲーターMARIです

今日も素晴らしい一日をお過ごしください


「兄弟がわたしに対して罪を犯したらなら、何回赦すべきでしょうか。
 七回までですか」
「七の七十倍までも赦しなさい」
   新約聖書『マタイによる福音書』十八章二十一節

他人のふるまいによって大きな苦しみを受けた時、私達はそれを赦す
ことができるでしょうか。十二使徒の一人、聖ペトロの問いかけに
イエズスは七の七十倍、つまり無限に他者を赦して受け容れよと諭します。

旧約聖書の「目には目を、歯には歯を」というモーセの律法が浸透して
いた時代にイエズスは「人を赦す」という革命的な思想を持ち込んだと
言えるでしょう。
人を赦すという行為には人を責めたり恨んだりしないということだけ
ではなく、進んで相手を受け入れようという能動的な面があります。
しかし、自分を不快にさせたり、害を加えた人を受け入れ、赦すには
大きな苦痛が伴います。これは非常に難しい課題です。
   ≀
  (中略)
   ≀
赦すという行為は、感情的なことではなく、意志の力による行動です。
私達人間は、感情に支配されてしまうことも多々あります。けれども、
意志においては「赦したい」「赦します」という自由な決断ができるのです。
つまり、赦すという行為は、相手を一人の人間として全面的に評価しよう
とする自発的にな行為であり、人を赦すのは弱さからではなく、
真の強さの証です。
   ≀
  (中略)
   ≀
どんなに年月が経っても相手を赦せず恨み続ける人もいますが、
他者を赦せない人は終わりのない憎しみと恨みの連鎖に支配されます。
そういった怒りや憎しみといった負の感情を理性に乗り換えるのが、
人間としての真の愛情です。

〜心を癒す言葉の花束/アルフォンス・デーケン著 より抜粋〜



posted by マヤ暦ソウルナビゲーターMARI at 08:00| Comment(0) | 伝えたいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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