2016年05月23日

心を癒す言葉の花束 第七章〜希望〜

〜ありのままの自分を好きになる〜
真剣に自分の人生に向き合う人の心のサポーター
 〜ポラリス(光)への道しるべ〜 マヤ暦ソウルナビゲーターMARIです

今日も素晴らしい一日をお過ごしください


【自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は
生きることから降りられない】

                         ヴィクトール・E・フランクル


ユダヤ人精神科医で心理学者であったフランクルは、第二次世界大戦中
アウシュビッツ他4つの強制収容所で過酷な体験があります。
   ≀
  (中略)
   ≀
当時の悲惨な状況の中で、いかに希望を保っていたのか、フランクルは
ニーチェの言葉を引用して語ります。
「・・・強制収容所の人間を精神的に奮い立たせるには、まず未来に目的を
 持たせなければならなかった。被収容者を対象とした心理療法や
 精神衛生の治療の試みがしたがうべきは、ニーチェの的を射た格言だろう。
『なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える』」

これは言い換えると、人はたとえアウシュビッツのような極限状態に
置かれても生きがいを失わなわなければ尊厳を保って生き抜けるという
ことです。
   ≀
  (中略)
   ≀
ナチスの強制収容所から生還したフランクルは、その壮絶な体験から、
生きがいについて深く考え、人生の意味を見出し、生きがいを探求する
心理療法「ロゴセラピー」を開発します。
(ロゴセラピーとは「ロゴス=意味」+「セラピー=治療」という
 フランクルが編み出した合成語)
生きがいの最たるものは、自己の使命感の発見とライフワークの
達成でしょう。
『仕事』を表す英語の「vocation」(ラテン語の「vocation」)の
語幹となる「vocare」には”呼ぶ”という意味がある。
ドイツ語で『仕事』は「Beruf」と言い、これも”呼ばれている”という
意味の「rufen」という言葉から派生してます。
つまり、欧米の『仕事』という意味には単なる仕事というだけではなく
使命を果たすために呼ばれている天職という意味が込められているのです。


フランスの画家シャガールは1977年の90歳の誕生日に長生きの秘訣について
尋ねられて、こう答えています。

『働いて、働いて、働き抜きたいのです』

芸術家にとって、「働く」とは、創作を通じての創造的自己実現であり、
かつ喜びでもありましょう。

芸術家でなくとも、人間は一人ひとり何らかの使命があるはずです。
その使命を果たすことによって、生きがいのある人生を過ごせるのだと思います。

(仕事に対する基本的な姿勢を象徴する有名なたとえ話。
 パリのノートルダム大聖堂は完成までに約200年の年月がかかっている。
 その建設中に3人の労働者が同じ仕事に従事していた。その3人にある人が…)
ある人が、「あなたは何をしているのですか?」と尋ねました。
 一人目は「思い石を運んでいます。とても大変な仕事です」とぼやきました。
 二人目は「私は家族のために一生懸命働いています」と答えました。
 三人目は「私はノートルダム大聖堂を建てているのです」と胸を張りました。


〜心を癒す言葉の花束/アルフォンス・デーケン著 より抜粋〜


posted by マヤ暦ソウルナビゲーターMARI at 08:00| Comment(0) | 伝えたいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月20日

心を癒す言葉の花束 第六章〜死〜

〜ありのままの自分を好きになる〜
真剣に自分の人生に向き合う人の心のサポーター
 〜ポラリス(光)への道しるべ〜 マヤ暦ソウルナビゲーターMARIです

今日も素晴らしい一日をお過ごしください


<死に対する九つの恐怖と不安>
人が抱く死への恐怖や不安はある程度共通しています。
典型的な死への恐怖と不安は下記のとおりです。
@苦痛への恐怖
A孤独への恐怖
B不愉快な体験への恐れ(例:寝たきりでお風呂に入れない自分。
 一人ではトイレが出来ず、下の世話をしてもらわなくてはいけない自分)
C家族や社会の負担になることへの恐れ
D未知なる”死”への不安
E人生に対する不安と結びつけた死への不安(例:社会的な不適応や
 挫折の経験によって人生を肯定できず、自分の環境に恐れや恨みを
 抱くことがある。このような場合、”死”に対しても過剰に否定的な
 感情を抱くようになることが多い)
F人生を不完全なまま終えることへの不安
G自己の消滅への不安
H死後の審判や罪に関する不安


<死へのプロセスの六段階>
※死に直面した末期患者の心理状態における研究より
@否認
最初に示す反応。自分が死ぬという事実を認めたくない
(自己保存本能の表れで、ごく自然な反応)
A怒り
自分が死ぬことを否認できないとわかると、「なぜ、今、私が死ななければ
ならないのか」という問いを怒りと共に周囲にぶつける←「死にたくない、
もっと生きたい」という切実な願いの裏返し。
(周りの人はそんな思いを理解して、忍耐と細心の配慮をもって接する
必要がある)

B取引
怒りが収まるとせめて少しでも長く生きたいという願いより医師、運命、
神等に死をもう少し延ばしてくれるよう交渉。
周囲に対してももっとも心を開く時期で、建設的なコミュニケーションが可能。
(周囲は未解決の問題を整理する「人生の見直しと再評価」をすすめると良い。
生涯の出来事を振り返ってもらい、過去から持ち越している葛藤や気には
なっているが、何も手を付けていない課題に対して取り組む手助けをする。
この段階は非常に短いのでこの機会を逃すと手遅れになることもあるので、
タイミングを逃さないことが肝要)

C抑うつ
いよいよ近いうちに全てを失ってしまうという自覚から、深いうつ状態に。
(周囲ではなるべく本人の傍らに寄り添ってあげて。何もできないのでは?と
無気力に苛まれるかもしれないが、この時期患者は孤独のうちに死んでいく
のかと寂寥感に襲われる。
何も話さなくてもただ、傍らにいるだけで、精神的な支えになる)

D受容
”死”を心静かに受け入れようとする心境に至る。
絶望とは違う穏やかで広い心の動き。
E期待と希望
(ホスピス内で死後の生命を信じる人が最期まで希望に満ちた明るい態度を
とっている。とりわけ、天国での愛する人との再会への期待が大きい)

〜心を癒す言葉の花束/アルフォンス・デーケン著 より〜

posted by マヤ暦ソウルナビゲーターMARI at 08:00| Comment(0) | 伝えたいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月16日

心を癒す言葉の花束 第五章〜受容〜

〜ありのままの自分を好きになる〜
真剣に自分の人生に向き合う人の心のサポーター
 〜ポラリス(光)への道しるべ〜 マヤ暦ソウルナビゲーターMARIです

今日も素晴らしい一日をお過ごしください


【なにかを「持つ」かよりも、いかに「ある」か】
ガブリエル・マルセル(フランス劇作家、哲学者)

人の人生大きく三つの段階に分けられます。
第一の人生は教育を受けてから自立するまでの青少年期。
さまざまな試行錯誤を重ねつつ、自己の確立を模索します。
第二の人生は社会人として働いている時期。腰を据えて、自分の
仕事や家庭を築きあげる時期です。
第三の人生は現役を退いたあとの時期です。

日本では定年後を第二の人生と称しますが、
英語・フランス語・ドイツ語では『第三の人生』と呼ばれています。
第三の人生に入ると私達は否応なく、価値観の大きな方向転換を
迫られます。外面的なものから内面的なものへ、人生の重点を
置き換えなくてはなりません。

フランスの実存主義哲学者のガブリエル・マルセルは著書『存在と所有』
の中で、「所有のカテゴリーには『私は何者であるか』という問いに
置き換えられるようなものはない」と主張しました。 つまり、
”何かを持つかより、どんな人間であるかが肝心だ”
ということです。

〜心を癒す言葉の花束/アルフォンス・デーケン著 より抜粋〜

posted by マヤ暦ソウルナビゲーターMARI at 08:00| Comment(0) | 伝えたいこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする